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ピンチはチャンス!100年輝き続けるタカラヅカの歴史 ~大正から令和へ~

初心者のための宝塚

100年以上の時を経た、令和の今もなお、人々を魅了し続ける宝塚歌劇団のタカラジェンヌ達。

世界でも珍しい「女性だけの劇団」であり、今ではおなじみの「レビュー」ですが、実は当時、日本で初めて宝塚歌劇団が披露した、というなんとも興味深い事実を皆さんはご存じでしょうか?

長い100年の歴史の中で、戦争、震災を乗り越えてきた宝塚歌劇団です。今年はコロナという大きなピンチがこれからもやってくるのかとても不安と隣合わせの昨今ではありますが、今回は、知れば知るほどおもしろい宝塚の歴史をふり返り、さらに今後も進化していく姿を追っていきたいと思います。

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ピンチはチャンス?!始まりのストーリー

宝塚歌劇が始まったのは、なんと大正3年(1914年)!

宝塚歌劇団の原点を作ったのは、かの有名な阪急東宝グループの創設者、小林一三(いちぞう)先生です。

宝塚には温泉があり、そこをリゾート化して、集客アップしよう!と考えた小林一三先生は、現在の宝塚バウホールのあたりに、娯楽施設である「新宝塚温泉」を建設します。

さらに日本で初めてとなる、室内プール施設も建て、絶好調!となるところが、、まさかの大失態。。

なんせ日本初導入がゆえ、室内プールは温水設備にしなくてはいけない事を知らなかった、一三先生。

想像してみてください、夏とはいえども、日光の当たらない室内で冷水の中、泳ぐ勇気を。

寒中水泳のごとく、5分が限界だったそう。。

一三先生の思い描いていたパラダイス計画は、たった2ヶ月で夢敗れてしまいました。

しかしここで終わらないのが、一三先生。

なんと、冷水プールを客席に変え、となりの脱衣所を舞台に改造し、劇場を作ったのです!

プールを改造して上演した事からはじまった宝塚。106年経った今でも、多くの人々に夢と感動を与え続けている、そう考えると本当に偉大な歴史を感じますね!

大正から令和までのタカラヅカの軌跡

▪︎大正時代

大正が始まって3年後の1914年に、宝塚は宝塚少女歌劇として、第一回公演を行います。

演目は、あの桃太郎のお話を題材にした「ドンブラコ」他、でした。

舞台は満員御礼!

大正13年(1924年)には4000人収容の宝塚大劇場が完成し、宝塚はより一層勢いを増していきます。

▪︎昭和時代

宝塚歌劇の楽しみといえば、歌に踊り、豪華な衣装や、大階段などが見どころの「レビュー」ではないでしょうか。

大正時代が終わってすぐの昭和2年(1927年)、一三先生は世界の流行りに乗っ取って、なんと日本で初めて「レビュー」を宝塚に取り入れました。

「吾が巴里よ〈モン・パリ〉」の主題歌は、日本で大流行します。

舞台では、船・汽車・自動車など機械文明が登場し、大変スピード感のある大作となりました。

衣装もこれまでにない大胆な、足や腕を出したもので、観客を驚かせました。

今までの日本的な舞台に、西洋の特色を取り入れることで、より洗練された宝塚独自の舞台が徐々に確立されていきます。

まさに、現在の宝塚を作った原点ここにあり、といった感じですね!

昭和9年(1934年)には、東京宝塚劇場がオープンし、さらに、ヨーロッパ、アメリカ公演も開催され、宝塚は世界中に羽ばたいていきます。

しかしその後、第二次世界大戦が始まり、世界では戦争が激化。

宝塚大劇場と東京宝塚劇場は、一時閉鎖を余儀なくされますが、その間も他の劇場で公演を行い続けました。

暗い世の中で勇気づける作品を公開し、人々の心に明かりを灯した宝塚歌劇。

今では信じられないような辛い時代背景の事を考えると、華やかで現実離れした舞台は、きっと人々にとって、心のオアシスのような存在だったのかもしれませんね。

ようやく戦争が終わり、日本には再び活気が戻り、空前のタカラヅカブームがやってきます。

昭和49年(1974年)に上演された「ベルサイユのばら」は大ヒットし、今もなお再演に再演を重ね、もはやタカラヅカの代名詞といっても過言ではありません。

私もあの愛にあふれる感動のストーリーに、何度涙した事か。。

平成、そして令和の幕開け

平成の時代に入り、日本はさらに勢いを増す経済大国となり、それに伴い宝塚もより発展していきます。

新・宝塚大劇場のこけら落とし公演では、KENZOブランドの世界的デザイナー・高田賢三氏が衣装を担当し、斬新な色彩とデザインで注目を集めました。

平成8年(1996年)、小池修一郎潤色・演出の「エリザベート」は大成功を納め、宝塚の新たな代表作となったのは言うまでもありません。

私は、まあ様(朝夏まなとさん)トートを観劇しました。悲しくも愛を感じる作品で、さらに劇中の歌が素晴らしく、まあ様の透き通ったしなやかで力強い歌声は、魂を揺さぶられました。

まだ観たことがない方は、ぜひ観てくださいね。

平成26年(2014年)に、宝塚歌劇は100周年を迎え、さらに輝きを増し続けています。

宝塚と同時に誕生した歴史ある花組と月組。

実力と共にその名の通り華やさも兼ね備える花組。

常に新しく個性的な魅力で人々を惹きつける月組。

日本物に定評があり、多彩な作品を上演する雪組。

きらびやかで、その名のごとくスターを数多く輩出する星組。

現代的でフレッシュなイメージがあり、いろいろなジャンルの作品に挑戦する宙組。

そして、宝塚のプロフェッショナル、専科。

この素晴らしい宝塚が、令和の時代でも、そしてさらに150年、200年と受け継がれていく事を心から願っています。

宝塚には、美しくゴージャスな舞台の背景に、さまざまな試練と、多くの人々の努力があります。

今は、コロナによる公演の延期や、いつどうなるか分からない、という先が見えない事に対する不安がありますが、大正から始まり、戦前戦後、激動の時代を駆け抜けてきた宝塚の歴史をふり返ると、きっとこれからも乗り越えていける、そう私は信じています。

そして、この時代、タカラヅカが私たちに夢と希望を与えてくれる事に感謝します。