宝塚歌劇団星組の極美慎(きわみ しん)さん主演のバウホール公演『ベアタ・ベアトリクス』が、9月8日から始まります。
この公演は演出家・熊倉飛鳥先生のデビュー作ということでも注目を集めています。
熊倉先生は一体どのような作風の先生なのか、あまり聞き慣れないこのタイトルは一体どんな物語なのか、極美 慎さんはどのような役どころなのか。
史実をご紹介しながら徹底的に予習していきましょう!
ベアタ・ベアトリクスは悲しい名作絵画のタイトル
まず、『ベアタ・ベアトリクス』とは、主演である極美 慎さん演じるダンテ・ガブリエル・ロセッティの代表作と言われている名画のタイトルです。
※ダンテ・ガブリエル・ロセッティ作『ベアタ・ベアトリクス』1863年ごろ制作
この絵のモデルとなっている女性が、小桜ほのか(こざくら ほのか)さん演じるヒロインのリジー・シダルで、ロセッティの妻です。
目を閉じて恍惚の表情を浮かべている理由は、リジーが天国へと旅立つ瞬間だから。
つまり、ロセッティがこの絵を描いている時、リジーは既に亡くなっています。
その鎮魂の意味を込めて、ロセッティはこの絵をリジーに捧げました。
左上に描かれている赤い服をまとった人物は天使で、手のひらに乗せている炎のようなものは、リジーの命の灯。
奥に見える白い橋のようなものは、イタリアにあるヴェッキオ橋で、天国と地上を結ぶ架け橋の意味です。
中央右端に見える尖ったものは日時計で、リジーが亡くなった9時を指していると言われています。
リジーの手元に花をくわえて飛んできている鳥は天国からの使者で、「死」を意味するケシの花を運んでいます。
リジーが亡くなったのは32歳でした。
なぜそんなに若くして亡くなってしまったのか、そこにはとても悲しい事実がありました。
リジーを狂わせたロセッティの女癖の悪さ
リジーがロセッティと知り合ったきっかけは、絵画のモデルを始めたことからです。
元々は、今で言う「ショップ店員」でした。
洋服や帽子の売り子をしていたリジーを、ロセッティの仲間が絵画モデルとしてスカウトします。
スラリとしてモデルとしての才能を持っていたリジーに、ロセッティ達はこぞって素晴らしい絵を完成させていきます。
その中で最も有名なのは、ジョン・エヴァレット・ミレイの『オフィーリア』です。
※ジョン・エヴァレット・ミレイ作『オフィーリア』1852年制作
『オフィーリア』は、シェイクスピアの名作『ハムレット』に登場する悲劇の女性の名前。
恋人であるハムレットが自分の父親を殺してしまい、絶望して川に身投げをして最期を迎えます。
ミレイの『オフィーリア』は、その場面を描いた作品になります。
この『オフィーリア』のモデルがリジーです。
リジーを浴槽に浮かべて下絵を描いたそうで、今のように「追い炊き機能」が無いので(笑)、リジーは風邪を引いてしまい、ミレイはリジーの父に大変怒られたというエピソードが伝わっています。
ジョン・エヴァレット・ミレイは天飛華音(あまと かのん)さんが演じます。
天飛華音さんが演じるなら、『ベアタ・ベアトリクス』での2番手役はミレイになると予想されます。
この『オフィーリア』で一躍有名になったミレイへの嫉妬もあり、リジーだけでもなんとかして我がものにしたいと、ロセッティはリジーと同棲生活を始めます。
しかし、リジーへの純粋な愛というより、ミレイへの嫉妬から来る執着のような理由でリジーを自分のものにしたせいか、同棲中も他の女性と浮気をしまくるロセッティ。
何年も同棲を続けているのに一向に結婚してくれないどころか、次々に他の女性に手を出す始末でした。
それに心を痛めたリジーは、当時家庭内で使える治療薬として使われていたアヘンチンキという薬品に依存していきます。
ようやくロセッティがリジーとの結婚に踏み切った時には、既にアヘンチンキの中毒になっていました。
そんな身体で無理に妊娠したこともあり、せっかく授かった子供も死産となり、2人目を妊娠中にリジーはアヘンチンキを大量に摂取し、結婚後たった2年で亡くなってしまいます。
リジーを死に追いやった罪悪感からか、ロセッティは妻に捧げる『ベアタ・ベアトリクス』を懸命に制作します。
それまで画家としてイマイチ芽の出なかったロセッティはようやくそれで高く評価されることになりました。
リジー亡き後も続くロセッティの女癖の悪さ…
自分のせいで寿命を縮めた妻リジーのおかげで素晴らしい作品を作り、ついに画家として名を高められたロセッティ。
しかし、それでもロセッティの女癖の悪さは全く直らず…
リジーとの生活を送る中でもずっと関係を続けていたジェイン・バーデンというモデルとの不倫は、リジーの死後も続きました。
ジェイン・バーデンはいわゆる「魔性の女」で、水乃ゆり(みずの ゆり)さんが演じます。
ジェインはロセッティの友人であるウィリアム・モリスと結婚していましたが、真面目なモリスでは刺激が足りなかったのか、自分にゾッコンであるロセッティをうまく利用します。
真面目でお金持ちのモリスは夫として、口が巧く女の扱いに慣れているロセッティは愛人にピッタリ、ということでしょうね(^^;)
ウィリアム・モリスは大希 颯(たいき はやて)さんが演じます。
そんな破天荒なジェインのことをモリスも一向に嫌いになれず、なんと2人の不貞行為を黙認します。
しかしついにモリスの我慢も限界に達し、2人を別れさせますが、それで心を病んでしまったのはジェインではなく、ロセッティのほうでした。
酒と薬に溺れるようになり、ボロボロになって54歳で亡くなります。
宝塚版の『ベアタ・ベアトリクス』がどの時期のロセッティを描くのか分かりませんが、リジーとジェインという2人の女性がキーパーソンになるのは間違いないでしょう。
芸術家としての嫉妬が歪んだ愛に走らせ、歪んだ愛がまた素晴らしい作品を生み出すという皮肉を軸に描かれるであろう『ベアタ・ベアトリクス』。
また、ロセッティ&リジー夫妻、モリス&ジェイン夫妻の四角関係という愛憎劇を清き宝塚でどう見せてくるのか、熊倉飛鳥先生の演出に期待です!