10月13日にバウホールで初日を迎える、花組公演『殉情』。
こちらは作品の種類が「ワークショップ」となっており、「新人たちの挑戦の場」という意味合いがあります。
位置的には、新人公演よりも本格的で、一般的なバウ主演作よりも試験的、というところでしょうか。
2チームに分かれての上演となりますので、チームごとの個性や違いを見比べられるのも楽しみの一つですよね。
特にこの『殉情』は大変にシリアスなお話なので、生徒さんそれぞれの役の解釈の違いなども興味深く見ていきたいですね。
では、この『殉情』に関する予備知識や観劇後にオススメの聖地などをご紹介していきましょう。
妻を親友に渡した?!谷崎潤一郎のぶっ飛び価値観
『殉情』の原作となっているのは、谷崎潤一郎の小説『春琴抄』です。
谷崎が扱う題材や文体はチャレンジ精神に溢れていて、この『春琴抄』もなんと、ほとんど句読点を使わずに書かれています。
谷崎が書く作品のテーマも男女の憎悪劇、推理モノ、人情モノとかなり幅広いのが特長です。
明治・大正・昭和初期の小説家といえば、芥川龍之介や太宰治、三島由紀夫など、天才ゆえに私生活も過激でスキャンダラスな文豪が多い印象です。
谷崎潤一郎もまさにその一人で、自身の情熱的な生き方が反映されている作品も多くあります。
谷崎は29歳の時に千代という女性と結婚します。
結婚数年後、事情があって千代の妹が谷崎宅で同居を始めると、まだ15歳だった妹のせい子に谷崎はぞっこんになってしまいます。
その様子に気付いた妻・千代は谷崎の親友である佐藤春夫(作家)に相談をします。
しかし、次第に千代と春夫に恋心が芽生えてしまいます。
相談から恋愛に発展、というのはこの時代から「あるある」だったんですね(^^;)
そんな2人に谷崎のほうも気が付き始め、自分も千代よりも今はせい子に夢中とあって、なんと佐藤春夫に「千代と結婚したら?」と勧める始末!
その後も谷崎は不倫・離婚・結婚を繰り返し、それに振り回される身内は気の毒ではありますが、このような経験がまた名作を生むわけですから作家という職業も皮肉なものですよね。
『殉情』主人公のモデル、菊原琴治・初子
男女間に芽生える愛の多様性を体感していた谷崎が、『殉情』で描いた男女の愛は非常にいびつで、支配欲を持つ女性と、従属欲のある男性のお話です。
今よりも男尊女卑の価値観が強かった江戸時代に、女性が男性を殴ったりするなどもってのほか。
しかし、ヒロインの春琴は主人公の佐助のことを血が出るまで殴ったりします。
「すんまへん!すんまへん!」と殴られながら泣きじゃくっている佐助ではありますが、そこには確かに悦楽の気持ちがあったりします。
…いびつですよね(^^;)
これは、谷崎自身に従属欲があったからでしょう。谷崎が好きになる女性は一貫して気が強く、自由奔放な女性ばかりでした。
春琴と佐助のモデルになっているのは、菊原琴治・初子という親子です。
琴治は幼少期に視力を失い、盲目の琴演奏者として、娘である初子に手を引かれていつも谷崎宅にお稽古に来ていたそうです。
その様子を見て、盲目で美貌の琴奏者とそれを介助する使用人のいびつな愛を思いついたのでしょう。
菊原初子さんは2001年までご存命でしたので、『春琴抄』のモデルが最近まで生きていられたことになんだか胸が熱くなりますよね。
『春琴抄』は史実でなくても聖地がある!
このようないびつな愛を宝塚で上演することに、初演時には当然衝撃がありました。
『殉情』初演は1995年、星組にて。
絵麻緒ゆう(えまお ゆう)さんのバウホール初主演作として上演され、その素晴らしい熱演ぶりに大人気となります。
絵麻緒さんは2002年のトッププレお披露目公演にも『殉情』を再演していますので、この作品がどれほどの人気であったか分かりますよね。
その後、2008年に宙組で今回と同じように2チームに分かれて再演します。
『殉情』は江戸末期の文化を記録した貴重な資料でもありますが、史実はほとんど絡んでいません。
しかし、出てくる町名などは実在の街であり、春琴の実家は大阪市中央区の道修町(どしょうまち)というところにあります。
江戸時代から「薬の街」として栄え、今でも大手製薬会社のオフィスが道修町にたくさんあります。
道修町にある「少彦名神社」(すくなひこなじんじゃ)の社務所の中には「くすりの道修町資料館」があり、『春琴抄』にまつわる資料も展示してあるそうです。
この少彦名神社参道入り口に「春琴抄の碑」が建っていて、『春琴抄』の書き出し原稿の写しが載っているのでぜひ観劇前後に寄ってみてはいかがでしょうか。
バウホールメンバーもきっとお参りに来たのでしょうね。
少彦名神社は薬の神様なので、コロナウィルス退散、公演継続の願掛けをしてくるのもお忘れなく!
花組のまだ若い生徒さんたちがこのいびつな愛をどれだけ理解し、表現できるか。
とても高いハードルだと思いますが、それゆえに得られるものは大きいでしょう。
14年ぶりとなる再演、非常に楽しみです!