雪組公演「f f f -フォルティッシッシモ-」~歓喜に歌え!~が大変面白く、観劇を重ねるうちに作品の構造にも興味がわいてきました。
そこで、私見ではありますがこの作品の、人物や物語の構造を探っていきたいと思います。
望海風斗さんが演じる主人公はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
今も皆が知っている、言わずと知れた大作曲家です。
謎の女
そして、真彩希帆さんが演じるヒロインはなんと「謎の女」。
謎の女とは?と非常に気になりませんか?
上田久美子先生が音楽家を取り上げた作品と「翼ある人びと —ブラームスとクララ・シューマン—」があります。
こちらはブラームスを主人公とした物語です。
凛城きらさんが演じるベートーヴェン?も登場します。
この「?」が付いているところも上田先生らしさがありますね。
最初に観劇した時には、謎の女って「エリザベート」のトートみたいだと思いました。
ベートーヴェンの人生に常に付き添う、というか彼にとっては付きまとう影のような、そんな存在です。
回想で、幼少期に父・ヨハン(奏乃はるとさん)の厳しいレッスンから逃れ、家を出て寒さに震える場面にも謎の女はいました。
ここでとても面白い演出なのは、幼少期の少年ルートヴィヒ(野々花ひまりさん)、青年ルートヴィヒ(彩海せらさん)、現在のルートヴィヒ(望海さん)と3人の演者に分けていることです。
少年期はともかくとして、青年期も別の演者が演じているのはあまり見かけないように思います。
新人公演ができない今、望海さんが演じる役を他の若手が演じることにも意味がありそうです。
そして、この演出がベートーヴェンの人生の段階と彼に関わっていく人たちとの時期や彼の考え方などを上手く表しています。
ベートーヴェンの憧れであるエレオノーレ・フォン・ブロイニング【ロールヘン】(朝月希和さん)は、昔のロールヘン(星南のぞみさん)と同人物が2人に分けて演じられているのは、やはりベートーヴェンから見た彼女に変化があるからでしょうか。
ゲルハルト・ヴェーゲラー(朝美絢さん)などは出会った少年期も青年期も現在も変わらず。これはゲルハルトという人物が生涯変わることなくベートーヴェンにとって友人であり理解者であったことを表しているのではないかと思います。
彼は後に共同でベートーヴェンの伝記を出版。
死後も尚関わった人物です。
謎の女の正体とは
さて、本題に戻りますと、謎の女の正体とは一体何なのでしょう。時には耳の聞こえないベートーヴェンの通訳となり、ある時はメイドのように彼の仕事場で家事をこなしたりします。
ベートーヴェンは彼女のことをあれやこれやと推測し、「才能」なのではないかと結論付けたりもします。
ですが、それは違っています。
謎の女は彼の一部であり、彼女が言うようにベートーヴェンの想像によって姿かたちを描けます。
まるでエリザベートが生み出すトート=死のように。
ここもすんなりとトートを男役に振らないのが上田先生らしいと感じます。
まるで「エリザベート」への挑戦状のようだと思ったのは、耳が聞こえず恋の成就もままならず苦しむベートーヴェンに対して「死」を突き付けますが、彼はそれをはねつけます。
そして、ナポレオン(彩風咲奈さん)との対話を経て、謎の女の正体、「人類の不幸」に気付きます。
それは彼だけに付きまとっていたわけではなく、世界中の皆の傍にいて、ナポレオンが死んだときには彼の形見を持って現れます。
ベートーヴェンはそこで「人類の不幸」と明かす謎の女を「運命」と受け入れ、そう名付けられた真彩さんと一体になり、交響曲第9番を生み出すのです。
トート=死を受け入れ、一体化することで救われた「エリザベート」とは対極をなす作品になっていました。
作品名の副題に「歓喜に歌え!」と入っていますが、ベートーヴェンが死にたいほどの苦しみを乗り越え、歓喜へと至る様子がとてもドラマチックに、しかし丁寧に描かれていて、これは上田先生の「エリザベート」への挑戦状なのではないかと思いました。
退団公演として賛否両論ありますが、何度見ても気づきのある興味深く、よく出来た作品で、今の雪組でしか作り上げられない良作だと思います。
いよいよ、明日4月11日(日)雪組トップコンビ望海風斗と真彩希帆が宝塚歌劇団を卒業する。
しっかり見届けたい・・・。