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轟悠・華麗なる活躍。静かに幕引き人気は永遠に宝塚歌劇団に捧げた36年間

宝塚歌劇を楽しもう

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轟悠さんはどんな人?

  • 1967年8月11日生まれ
  • A型
  • 熊本県人吉市出身
  • 愛称 イシサン トム トムさん
  • 子供の頃は獣医かパイロットになりたかったそうです。
  • 本名は石蔵智子さん
  • 芸名 轟悠さんの由来は栴檀轟の滝(せんだんとどろきのたき)という滝の名前が由来

宝塚歌劇団を受験したきっかけ

高校受験が落ち着いた頃、淡路島に住む親戚(日本舞踊の師範である大叔母)のもとをを訪れる。

そこで大地真央さんと黒木瞳さんに遭遇し宝塚歌劇団の受験を勧められた。

偶然というべきでしょうか?神様が用意した必然の出会いですね!。

轟悠さんは宝塚歌劇団に必要な人材だったのでしょう。

詳しくはこちらをご覧ください

轟悠 Yu Todoroki 宝塚入団のきっかけ(大地真央 黒木瞳) – YouTube

入団後の活躍

  • 1985年に宝塚に入団
  • 同年3月「愛あれば命は永遠に」にて初舞台
  • 1988年月組から雪組へ組替え
  • 1997年雪組のトップスターに就任
  • 2002年組の枠を超えて舞台に立つ専科に異動
  • 2003年劇団運営に参画する理事に就任
  • その後は舞台に立ちながら特別顧問を務めあげました。

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轟悠の年齢・本名と同期は誰?人気と評判や伝説と声が低いのは若い頃からなのかチェック! | ヅカスキ! (relishtime.net)

平成以降、トップスターを経験者で専科になったのは轟悠さんただ一人。

輝かしいキャリアは、「宝塚の至宝」こと春日野八千代さん(2012年死去)の後を継ぐ形となり、多くを語らず淡々とやるべきことをやり続け、宝塚歌劇団を支えてきました。

轟悠さんの魅力・人気に迫る

キリっとした目、心に響く重厚な低い声、すっと伸びた高い鼻。

長年積み重ねてきた経験がオーラに、にじみ出ています。

決して楽な道のりではなかったでしょう。

数々の重圧やプレッシャーを跳ねのけ、舞台にかけるパワーは圧巻です。

若手と一緒に立っていても違和感なく舞台に溶け込んでいます。

しかし、轟悠さんにしか出せないオーラがあり、一つ一つの動作やセリフが役としてではなく轟悠さん自身から生み出ています。

要は、演じているのではなく、役と共に生きている感じ。

俳優人生をとことん追求した36年の活躍に迫る

2010年代に入ると名だたる選考会で名前が上がるようになります。

  • 「凱旋門」平成12年度(第55回)文化庁芸術祭演劇部門優秀賞
  • 「風と共に去りぬ」第28回菊田一夫演劇賞
  • 第12回日本映画批評家大賞・ミュージカル賞
  • 第22回読売演劇大賞中間選考会報告で女優部門の上半期ベスト5に選出される
  • 「For the peopleーリンカーン 自由を求めた男ー」第24回読売演劇大賞・優秀女優賞

宝塚歌劇団を極め、男役の型を作り上げ、美学を追求し、に飛躍した証です。

賞賛の声が多く、揺るぎない地位を築き上げました。

「男役の体現者」。

タカラジェンヌの品格を確立し後輩に伝え続けました。

人気はあるのか?ヅカヲタの本音は?

専科から特別出演として毎年主演を務めていた轟悠さん。

ディナーショーも毎年複数回やっていた程、その人気は揺るぎません。

しかし、こんな疑問や不満が漂います。

  • 現トップスターのファンたちにとって「限りある作品に轟悠さんが主演ってなんで?トップスターの出番が少なくなるじゃない!」
  • 轟悠さんのファンたちにとって「不定期でいつ主演が決まるかわからない状況で主演作品を心待ちにしている。」

2018年に公演された「凱旋門」(雪組公演)での轟悠さんの声がかすれていて、セリフを言うのも少し苦しそうだったと心配するファンが多いのも事実。

ファンたちの間で葛藤があるようです。

「退団する時がきた、自分のこころに正直になろう」

惜しくも退団された轟悠さん。

「時がやってきたことに気づき、素直に心に従おうと決めてた」と退団理由を記者会見で明かしました。

「男役とは何か最後まで追求したい」

「舞台に立つとか女優になるのか一切浮かんでおりません」と語り、現役生活に幕を閉じました。

退団会見はこちらをご覧ください。

専科 轟悠 退団記者会見 | エフエム宝塚 (835.jp)

轟悠、宝塚退団後の女優活動は「一切浮かんでない」 – 宝塚 : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

まとめ

轟悠さんと宝塚歌劇団との出会いから、入団後の活躍や人気に迫りました。

36年間もの長い間、ぶれずに男役に徹し極めた軌跡。

数々の受賞歴が確固たる証です。

「華々しい活躍の後は、静かに退団」が轟悠さんが出した答え。

退団されたのは悲しく寂しいですが、功績はいつまでも後輩たちに受け継がれ、人気は永遠でしょう。