タカラジェンヌといえば、どなたをとっても美しく光り輝く素敵な舞台人。
その中でもひときわ輝きを放つのが、各組のトップスターさんです。
70人近い組子を引き連れて真ん中に立つ姿には、まさに「トップ」の名にふさわしいオーラがあります。
そんなトップスターさんにも、初舞台や初ゼリフ、初めてのソロパートがあったと考えると、なんだか感慨深いもの……。
特に、スター街道の入り口とも言えるバウホール初主演は、ジェンヌさんにとってもファンにとっても格別な思い出です。
そこで、ここでは各組トップスターさんのバウ初単独主演作品から、そのスターさんの魅力に迫っていきたいと思います!
明日海りお編
明日海りお『アリスの恋人』
花組トップスター明日海りおさんの初単独主演作品は、2011年『アリスの恋人』。
小柳奈穂子先生のオリジナル作品です。
相手役は、その後月組トップ娘役となった愛希れいかさんでした。
明日海りおさんの演じる役どころは、ストーリーテラーのルイス・キャロル。
しかしそれは夢の中の姿で、実際の彼はとある悲しみを背負った高校生の青年である、という2重構造の物語となっています。
夢の中にある不思議な世界をめぐる出来事と、そこに迷い込んだ児童書の編集者アリス(愛希れいか)との恋物語を描いた心あたたまるファンタジーです。
ツンデレを演じたら右に出るものナシ!
まず心奪われるのが、明日海りおさんの素晴らしいツンデレ具合です!
ルイス・キャロルは基本的に人当たりが強く、つっけんどんで投げやり気味です。
実は心優しい青年で、素直でひたむきなアリスに少しずつ心惹かれているのですが、自分はなかなか素直になれずにいます。
ありきたりとも言えるほどのツンデレキャラですが、タネも仕掛けもわかっていたとしても十分オイシイのがさすがの明日海さんです。
序盤のティーパティーのナンバーでは、周りが楽しげな音楽で歌い踊る中、ひとりため息をつきぶすっと座っています。「バカじゃないの?」というセリフが聞こえてきそうな、その姿の絵になること!! つまらなそうにしている顔がこんなに似合う人はなかなかいないでしょう。
端正さと子供っぽさのギリギリのバランスが素晴らしいです。
ひと通りツンツンした後に、ティーパーティーを楽しんでいるアリスの無邪気さにほんのりときめくという小デレが見られるのもポイントです。
また、ラブシーンにもツンデレボーイらしい強引さと不器用さが絶妙に表れていてドキドキが止まりません。
付いてこい!と言ってぶっきらぼうに手を引く、そっぽを向いて告白、そして極めつけは別れ際、不安がるアリスに「忘れられないようにしてやるよ」の一言と共にかましたキス……。
わかっていてもときめかせてくる、計算されたツンデレコントロール力を思い知らされます。
男役芸とフェアリー味の併せ技
明日海さんは男役としてはかなり小柄で華奢なかたです。
しかも相手役をされた愛希さんは元男役で、娘役さんとしては背の高いかた。
体格差のほとんどない中で、男役らしさを表現するのはとても難しいことでしょう。
そこを明日海りおさんは、様々なコーディネート、仕草や動きの小さなこだわりを積み上げることで見事にカバーし、大きな魅力の男役像を作り上げていました。
愛希れいかさんを抱き寄せる手の使い方や、ボリュームのある髪型の演出など随所にこだわりを感じることができます。
一方でその男っぽさの薄い出で立ちは、作品の可愛らしさや、役柄の優しげな雰囲気、若く危ういことを表現するのにとても役立っています。
娘役さんの可憐さとは一線を画した、でも男性の格好良さとはまた違う素敵さ……。
これがいわゆる「フェアリー」な魅力というものでしょうか!?
対局に感じられる魅力を併せ持ち、明日海りおさんにしかつくれない「危うく・やさしく・格好良い」キャラクターのルイス・キャロルに魅了されるお芝居でした。
緻密な演技力
押しも押されもせぬ花組トップスターとして輝く明日海りおさんですが、この頃はまだ組み替え前で月組の組子さんでした。
この作品でも「芝居の月組」らしい細やかな演技を発揮し、ポップな雰囲気の作品に深みを加えていたと感じます。
冒頭「誰か 僕を助けて」と歌う場面では、歌声のビブラートがまるで心の震えを表現しているようで、寂しさや追い詰められた気持ちが透けて見えました。
また、心を閉ざした状態から、次第にアリスと打ち解け、最後にはその気持ちに現実を生きる覚悟を得るという
心の動きが細やかな顔つきの変化で表現されていました。
絶妙に混ざり合う魅力
4人の相手役さんを迎え、圧倒的トップスターとして人気を集めている明日海りおさん。
その長い任期を支えているのは、強さと不器用さ、男らしさと柔らかさ、格好良さと危なっかしさ、細かな感情の動きといった様々な魅力が様々な配合で表れ、公演ごとに絶妙なバランスを見せることだと感じます。
『アリスの恋人』では冒頭、物語が「時は今、あなたの知っているこの場所から始まる」と説明されています。
現実世界を生きる私たちも様々な相反する要素を持って生きていますが、その多様さを、現実では到底ありえない美しさで表現する明日海りおさんはすでにこの頃から目の離せないスーパースターさんであったと実感する作品でした。