宝塚歌劇団星組トップコンビ、紅ゆずる・綺咲愛里の退団公演は「アジアン・クッキング・コメディ」でした。
宝塚歌劇団公式ホームページで初めて作品紹介文を読んだときの衝撃は、未だに忘れられません。
アジアンとコメディはまだわかるとして、お芝居のテーマにクッキングってどういうこっちゃねん!と心のなかで盛大にツッコミを入れてしまいました。
しかも主人公の名前は
ホン→紅(ゆずる)
ヒロインはアイリーン→(綺咲)愛里、
ライバル役はリー→礼(真琴)
ってダジャレかーい!!
多くの方が入れたであろうこのツッコミは、きっと作者小柳先生の思惑のうちだったのだと思います。
紅ゆずるという、一言では言い表せない魅力と、予想もつかないような面白さを持ったトップスターのために用意した、とっておきの仕掛けのだったのです。
蓋を開けてみると、この作品は愛と笑いに溢れた成長物語でした。
オープニングは、紅扮する紅孩児と、天女になった綺咲アイリーン、そして礼扮する孫悟空をはじめ個性豊かな天界の面々が登場しダンスと歌で冒険する場面。
まず紅孩児のバックで踊る天人たちの、優美なお衣装とは裏腹なガッシガシ・キレッキレのダンスに星組を感じて嬉しくなりました!
傍若無人な天界の困りもの紅孩児に、劇的に可愛い天女、紅孩児のライバル孫悟空、インパクトありすぎるビジュアルの牛魔王と、その浮気疑惑にプンプン怒る妻の鉄扇公主、意外と気が弱そうな日光&月光菩薩などなど…。
はっきり言って全く見きれません。
幕開き5分で完全に個性が渋滞しています。
しかしそれぞれのキャラクターがそれぞれの事情を力いっぱい生きているため、騒々しさも愛おしく思えます。
観劇後に振り返ると、この感覚が、この作品全体を貫く優しさをつくっていたのかなと感じました。
天才料理人ホン・紅ゆずる
紅さん演じる天才料理人ホンは、登場時かなりの嫌な奴でした。
自己中心的で傲慢。
恩人であるエリック(華形ひかるさん)に対しても仇で返すような言動を連発し、結局怒りを買ってゴールデンスターグループを追われてしまいます。
好人物とは言い難いホンが、主人公としてきちんと受け入れられたのは、紅さん本人の持つ朗らかさや絶妙なユーモアセンスによるマジックだと感じました。
そこをきっちり織り込んでギリギリの人物像を描いた小柳先生の紅さんに対する信頼を想うと、またアツい気持ちになります。
愛を知らず自分勝手だったホンですが、最後には自分の復讐や名誉のためではなく大切な人たちのために勝負に向かいます。
アイリーンを始めとしたホーカーズの仲間の愛に触れるうちに「本当に美味しい料理とはなにか」を見つける過程、これは「本当の幸せとはなにか」を見つけることだったのかもしれません。
アイリーン・綺咲愛里
ヒロインのアイリーンは、少女時代からシンデレラより西遊記を好み「お姫様よりもヒーローになりたかった」という女の子。
おかしいと思ったことは誰に対しても物怖じせず主張し、仲間を守るためには自分が戦う!という姿勢には、男らしさが溢れています。
言葉遣いはぶっきらぼうに感じられるほど力強く現代的で、おまけに料理が殺人的に下手。
宝塚105年の歴史の中で、健康サンダルを武器にトップスターと立ち回りを演じたトップ娘役は間違いなく初めてでしょう。
一方で、好きな人のためにやけどしながら手作りクッキーを焼き、ハート型の袋で手渡す姿は乙女そのもの。
ピンク色のロングヘアーや、ポップなお衣装がよく似合う可愛らしさも兼ね備えています。
綺咲愛里という、堂々とした強さと爆発的にキュートなルックスが同居するスターだからこそ当てられた役なのだと強く納得しました。
娘役10年という宝塚芸の積み重ねが、こうした枠にとらわれないヒロイン像の体現を可能にしたと思うと、ただただ尊敬するばかりです…。
全力でぶつかって気持ちを伝え、家族・仲間のあたたかさを教え、愛されるとはどんなことかを教えた彼女は、ホンにとって間違いなくヒーローだったと思います。
リー・礼真琴
ホンのライバル、リーは、才能と努力を併せて力を磨いた秀才。
気弱なリー・ロンロンが、大好きなアイドル、クリスティーナに出会うやいなや自信満々なリー・ドラゴンに変身するギャップが見事!
丸メガネをかけて縮こまる姿や鼻の下のびのびの笑顔、かと思えば突然に発動するイケメンボイスと無駄にキレのある動き。
持ち前の素晴らしい歌声やダンスはもちろん、紅さんの元で磨かれたオモロイ感性が随所に光っています。
料理学校時代に首席だったというリーの設定は、演じる礼真琴さんそのもの。
下級生時代から、歌・踊り・芝居と3拍子揃った実力派として抜擢を重ねられてきた礼さんですが、その器用さ故に思い悩む場面もあったことでしょう。
特に紅ゆずるという、独自のセンスの塊のようなトップスターの2番手を務めるのは簡単なことではなかったと思います。
そんな礼さんが、技術のみならず面白さで会場を沸かせ、いっそう輝きを増していたことに目頭が熱くなりました。(基本的に上演中ずっと熱くなりっぱなしでしたが。)
きたる新生星組の明るい未来を感じます!!
クライマックス、食聖コンテストが始まる場面で、自分の技術は完璧だと言うリーに対しアイリーンがこう言います。
「完璧だから愛されるわけじゃない。不完全だから支え合い、愛し合うのよ!」
この言葉を、この2人の退団公演で、高らかに言わせた小柳先生に脱帽します。
紅ゆずるは、そして綺咲愛里は、もしかすると完璧な技術を持ったトップコンビではなかったかもしれません。
しかし、それぞれが他の誰にもない魅力を持っていて、間違いなく多くの人から愛されていました。
また、食聖コンテスト終了後の場面、ホンとの対決に負けて自信を失うリーに対し、舞空瞳扮するクリスティーナが
「私、真面目なメガネ男子が好きなの。元々好みのタイプだったわ!」
と言葉をかけます。
これから手を携える2人が、無理して変身しなくてもありのままのあなたと支え合いたい、という気持ちを共有するのは、とても力強くすてきなことだと感じました。
そもそも舞台というものを独りの力でつくることは絶対にできません。
トップコンビはもちろん、組子たち、また広くは演出の先生や、オケメンバー、装置やお衣装などの裏方さんに至るまで、果てしなくたくさんの人々が互いに協力することで初めて素晴らしい舞台ができます。
完璧でないからこそ支え合い、互いの、そして周りの良さを引き出し合って最高の舞台を作り続けた紅ゆずると綺咲愛里の退団公演として、これほどぴったりの作品はなかったと思います。
最後まで支え合う2人と星組メンバーを、東京公演まで全力で応援したいものです!