宝塚歌劇団は、まさに宝塚市の代表的な産業だと言っても良いと思います。
宝塚市のシンボルであるすみれの花がマンホールに刻印されていることでも容易に理解できます。
小さな温泉町だった宝塚市を変貌させたのは、阪急東宝グループや宝塚歌劇団の創業者小林一三氏です。
まさに、小林一三氏は20世紀の私鉄経営のビジネスモデルを発案した天才的経営者だったと思います。
小さな温泉町宝塚に集客するために並々ならぬ創意工夫を編み出していきました。
沿線の開発、日本で初めての住宅ローンやターミナルデパートなどを創設していったのは画期的なことでした。
現在のテーマパークやスパリゾートの先駆けでした。
宝塚歌劇のスタイル
宝塚歌劇は、トップスターを中心に、まるでピラミッドの構造のように構成されています。
宝塚歌劇の演出家の使命は、トップスターが充分に活躍できるようなキャラクターを創作しつつも、組メンバーのひとりひとりが勇躍できるように見せ場を作るのが必要不可欠です。
観客を納得満足させ、さらに生徒が次なる飛躍へと繋がるような作品を生み出さねばなりません。
また、宝塚歌劇が様々なコンテンツを取り入れるようになったのは、メディアミックスの先駆けである「ベルサイユのばら」だと思います。
文学、外国ミュージカル、映画、ゲーム、漫画に至るまで種々のコンテンツを注入して、舞台にすれば、まるでマジックのように宝塚ワールドを現出させるのです。
宝塚歌劇ファンの仕組み
宝塚歌劇団は、ファンあっての106年と言っても過言ではないと思います。
また、宝塚ファンの楽しみ方とは一体なんでしょうか。
まず健全に楽しめ、タカラジェンヌを育てていくという母性愛的な志向性だと思います。
次に、年代に応じて、財布に優しいリーズナブルな料金設定が強味です。
最後に、なんと言っても非日常を追体験できるということです。
それ故に、宝塚ファンの面々は、観劇後文字通り「夢のつづき」で劇場のロビーの至る所、あるいは宝塚ゆかりのカフェなどで寛ぐのです。
そして、興奮しながら作品やタカラジェンヌひとりひとり、さらに演出家についても延々と細部まで批評家然として、愛を込めて話し合っているのです。
「夢のつづき」がコンセプトの新・宝塚ホテルも宝塚大劇場の西隣でオープンしたので、ヅカファンにはまたひとつ大きな楽しみが増えたのではないでしょうか。
宝塚歌劇団の半永久的なビジネススタイル
阪急グループという組織が守護して、世間から隔絶された花園空間で徹底的に品質管理をするというユニークなマネジメントは驚嘆せざるを得ないです。
実に、近代家族に対する商品イメージというものが反映しているのです。
すなわち、阪急電鉄、阪急百貨店、住宅地の開発、ホテル、家族向けのレジャー産業等、独特のビジネススタイルがいっぱい詰まっています。
そして、阪急電鉄の会社員だった人が歌劇団に出向して、演出家や脚本家になるというのは、実に異色で画期的なことです。
まさに、自主制作、主催興行、著作権管理、事業戦略などいわゆる垂直統合システムはビジネスモデルとして、完璧だと思います。
これだけ、入念綿密に事業を手がけることができれば、半永久的なビジネススタイルとして、宝塚歌劇団が世間に認知されるのは、当然のことではないでしょうか。
最後に
ライバルであった松竹楽劇部は、万葉集由来の芸名を生徒につけていましたが、初期の宝塚歌劇団は小倉百人一首からつけていました。
宝塚も松竹もいずれも「少女」をキーワードにしていました。
当時の群小のレビュー団は、芸や身を売る古い体質の遊芸のイメージで性的刺激を売り物にしていたのです。
それに反するかのように、「清く正しく美しく」というモットーが湧出してきました。
今や宝塚歌劇の精神を表す標語としてひとり歩きしているようにも思われます。
もともと「清く正しく美しく」という標語のできた背景は旧来の興業形態に対する小林一三氏の反発と批判の意味が込められているのです。
以上のことから、宝塚歌劇団は半永久的に存在し続けていくノウハウを把持しているし、摩訶不思議な底力を今後も遺憾無く発揮していくものと思われます。
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