宝塚歌劇団花組のトップスター、明日海りお(みりお)退団公演、『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』。
明日海りおの最後の姿を観ようと、当日券の列は、連日400人をこえるという。
また、チケットもプレミア級。
予想はしていたが、やはりそれら全てに、明日海りお(みりお)の存在の大きさ、そして偉大さを感じずにはいられない。
しかしこの公演、評判はやや辛口なようだ。
中には「チケットもう一枚あるけど、行かないでおこうかな…」なんて贅沢なものすらある。
純粋な気持ちで観劇したかったので、あえて観劇前、これらの感想を見ずに行った。
しかしながら観劇し、あまりの美しく愛に溢れた舞台、終始涙が止まらなかった。
明日海りおが最後に届けるメッセージ
舞台の感想というものは、人それぞれであるのが当たり前。
それは絶対だけれど、これほどまで多くの辛口コメントが並ぶことには正直、不思議だなと感じる。
そのくらい『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』は、素晴らしい舞台だった。
随所に見られる、みりおからの最後のメッセージかのようなセリフたち。
演出家の植田景子先生が『時は無常に流れ、決してとまることはない』をテーマに書き上げたこの公演。
明日海りお(みりお)が今まで築き上げてきた花組トップスターとしての日々、そして、それは永遠ではないこと。
そこに付随する儚さ、その全てが詰まっていたと感じる。
今回のこの公演に対する多くの感想の中、「明日海りお(みりお)がただ立っているだけのシーン多すぎ」というものがあった。
私の友人も同じ感想を抱いたようだ。
確かにこの舞台、明日海りお(みりお)が『花組全体を一歩引いた場所から見守っている』そんな雰囲気を感じた。
みりおファンからすれば「歌って踊るみりおがもっと観たい!」そう思うだろう。
しかし、明日海りおが退団する今、明日海りおがいなくなる花組は、決してその輝きを消すことなく、明日海りおがいなくなった後の花組を、全員で支えていく、魅せて行く、そんなカンパニーとしての素晴らしさを、この舞台構成から感じたのだった。
花組の魅力、それは確かに明日海りおあってこそ。
しかし、この舞台を観て確信した。
花組の全員が素晴らしいのだ。
これは、スカステ『NOW ON STAGE#573 花組公演『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』『シャルム!』』の放送最後、明日海りおが視聴者に向けたメッセージ「花組にはまだまだこんなに素晴らしい演者がいる、ということをもっと知ってほしい」といった言葉。
正確ではないが、このようなことをみりおは話していた。
この言葉に大きな愛を感じた。確か、星組の紅ゆずるも同じようなことを言っていたのを記憶している。
華優希の演技力がすごい
この舞台、明日海りおが主役、というよりも、華優希(はなちゃん)がまるで主人公なのではないか、と思わされるほど目立っていたのが何より印象深い。
今回の辛口コメントの多くは、新トップ娘役である彼女へ向けたものが多かった。
読むと心が痛くなるのであまり見ないようにしていたが、ツイッターなどで時々流れてくるそれらコメントは、舞台の感想の域を超え、もはや個人的な『好き、嫌い』の話ではないか?と思う。
しかしながらこの公演『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』。
主軸を握るのは、主人公である明日海りお、ではなく、華優希(はなちゃん)ではないかと感じる、いや、確信すらする。
彼女はこの公演の中、少女から老女まで幅広い年齢幅を美しく、そしてリアリティ溢れる演技で柔軟に演じた。
彼女の実年齢からして、少女役はやはりしっくりきて当然だろう。
少女役をこなす彼女を観ていると、花組公演として名作とも言える『ポーの一族』を連想させる。
そしてまた、舞台に立つ明日海りお演じる青い薔薇の精エリュと、華優希演じるシャーロット、この2人の姿が、『ポーの一族』のエドガーとメリーベルを思い起こさせる。
華優希はあの舞台でメリーベルを繊細に演じきり、観る人の心を奪った。
やはり今回の舞台のシャーロット役もまた、その繊細な演技力は健在。彼女の実力は本物だった。
確かに彼女は、まだまだこれからであることは間違いない。
1番の課題は、歌だろう。
今回の舞台でも、歌で気持ちを表現しているとは言い難く、音を取りに行っている感じは否めなかった。
前トップ娘役、仙名彩世(ゆきちゃん)とつい比べてしまうのもまた、彼女の未熟さを際立たせる要因でもある。
仙名彩世は、歌、演技、ダンス、その全てが舞台人になるため生まれてきたのではないか、と思うほどに完璧だった。
そんな仙名彩世と華優希はあの舞台でメリーベルを繊細に演じきり、観る人の心を奪った。
それを、どうしても比べてしまう自分がいる。
がしかし、言い替えれば、華優希は、評価される立場になるべき人材だった、とも言える。
この舞台を観て感じたのは、「みりはなコンビをもっと観たい!」という気持ち。
たった1度だなんて勿体なすぎる。
このコンビ、相性がすごく良い。明日海りおが華優希に向ける優しい眼差し。
そしてそれに必死に答えようとする、華優希の素直で純粋な心。
娘役に対し求めるレベルが高いと言われる明日海りお。
その明日海りおが華優希を相手役として迎え、温かく見守っているのは、どこかで彼女の魅力に気づいているからなのでは、と思う。
しかし、少し厳しい意見を言うとするならば、退団するのが決まっている明日海りおだからこそ、未熟な彼女を温かい目で見られる、とも言える。それほど明日海りおは舞台に対し、ストイックであると有名だ。
華優希はまだまだこれからの娘役さんであることは間違いない。
これからどのように成長し、舞台人として、観る側に何を伝えていくのか。その伸び代を楽しみにしたいなと個人的に思う。
城妃美伶をもっと観たかった!
強いていうなら、城妃美伶をもっと観たかった!
今回の舞台、明日海りおの他にも退団者が数名いる。
その中で特に惜しい…と感じたのが、城妃美伶(しろきみ)ちゃん。
初めて彼女を舞台で観た時、「なんと美しい…!」と感動した。
しかも彼女はただ美しいだけでなく、歌やダンスはもちろん、色気だってある、まさに花組にふさわしい娘役さんである。
今回、トップ就任が華優希に決まり、城妃美伶のトップ可能性は無くなったかな…と残念に思っていた。
そして、退団発表され、ダブルで残念な気持ちになってしまった。
今回の舞台、明日海りおの姿はもちろん、城妃美伶の姿をこの目にとくと焼き付けて帰る!と決めていた。
がしかし、予想以上に出番が少なかったように思う。華優希演じるシャーロットの母親役という、また彼女にぴったりな配役ではあったが、もう少し舞台で演じる彼女を観たかった、というのが正直な気持ち。
ちなみに余談ではあるが、城妃美伶が舞台上で被っていた白いつば広ハット。
実はあのハット、仙名彩世が『BEAUTIFUL GARDEN −百花繚乱−』で被っていたものなのだそう。
それを知った時はなんとも言えない気持ちになった。
どのような流れで、仙名彩世は城妃美伶にあの帽子を譲ったのか。
もしかすると、衣装だったのかもしれないし、それを今回の舞台で使いまわしただけのこと、かもしれないが、きっとそうではないような気もする。
あの白いハットに、仙名彩世が紡いできた花組娘役の日々が染み込んでいる。
それを受けつぎ、最後の舞台で被ったしろきみちゃんの想い…。
想像するだけでも胸がいっぱいになる。やはり、宝塚は素晴らしい世界だな、と改めて思わされる。
明日海りおはこの舞台で何を残すのか
『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』は愛に溢れた舞台であり、忙しない日々の中に1輪のバラが咲くような、美しく、愛に溢れ、そして儚さを感じる舞台であった。
決して派手ではないが、明日海りおの凛した佇まい、そしてそれを支える花組生、それがひとつとなり、「これが今の花組の姿だ」と、明日海りおが率いてきた花組は、これです!と言われたかのような説得力を感じた。
明日海りおがいなくなった後に残すもの。
それは、泣き虫がみりおが心の中にぐっと隠す涙、その涙あってこその、大きな大きな愛ではないか。
その愛の種類はひとつではない。「宝塚への愛」「舞台への愛」「花組への愛」そして、「ファンへの愛」。
明日海りおは決して感情的な人ではなかったが、誰よりも繊細で感情豊かな人だったのだろうと思う。
そんな彼女の最後の舞台、本当に素晴らしかった。