宝塚歌劇団の舞台の上で姿は見えずとも、宝塚歌劇の魅力の大きな部分を作り上げているのが演出家の先生。
スターさんに負けず劣らず個性的な演出家の皆さまの魅力について、作品を通して考えたいと思います!
今回取り上げるのは、上田久美子先生です。
2006年に入団。
2013年のバウホール公演『月雲の皇子―衣通姫伝説(そとおりひめでんせつ)より―』より本格的に作・演出をされています。
京都大学文学部にて美学や美術史学について学んだという才女で、もともと伝統芸能の保存・継承に興味があったという上田久美子先生。
宝塚という文化の存続のためには「初見で面白いと思う作品」が必要だという考えから、スターさんの持ち味を活かしながらもスターさんに頼り切らない骨太なお芝居をつくられるのが素敵なところです。
始まりは『月雲の皇子』
デビュー作は2013年月組公演『月雲の皇子―衣通姫伝説より―』。
古事記の時代を舞台とした歴史ロマンの大作です。
2人の皇子と1人の姫が想い合うという宝塚らしいロマンスの設定と、国と政をめぐる葛藤、「歴史」というものに対する問いなど様々な要素が折り重なった重厚な作品です。
心の機微が美しく替えのきかない言葉で描かれるという上田作品の持ち味は、デビュー作から全開。
衣通姫が木梨軽皇子(きなしかるのみこ)のもとに現れ、なぜ来たのかと問われた際のこたえ、
「花が日輪に向かって咲き、河が海に向かって流れるのは何故か、お問いになりますか?」という台詞を聴いたときには心が震えました……。
人の手で綴られた歴史は、時の権力によってつくられる。
そうして残った歴史を生きる勝者たちが、ふとひととき寂しくなって、歌を詠む。
その後の上田先生の作品にも見られる哀しい美しさは、原点でもあるここから貫かれているのであると感じます。
伝統を護る心『霧深きエルベのほとり』
上田先生が初めて読んだ宝塚の台本が、昭和の日本を代表する劇作家のひとり、菊田一夫先生の『霧深きエルベのほとり』だったといいます。
作品の完成度に感銘を受けたという上田先生は、2019年に星組での再演に踏切りました。
主人公カールは船乗りで、粗野ながらもまっすぐな優しさを持った海の男。
一方ヒロインのマルギットは純粋で世間知らずな名家の令嬢。
ビール祭りで出会った2人が恋に落ちるシンプルなストーリーですが、その中に恋の喜び、人の優しさ、強さ、弱さなどが細やかに表現されています。
上田久美子先生の公演解説に「“昔のもの=古臭い”ではなく、“新しいことだけが素晴らしい”でもないということを立証したい」を添えました。
一方で船乗り仲間たちの場面など細かいお芝居は上演組に合わせて描き下ろし、時代背景や都市の設定も、上田先生の読み解きに合わせて描き方を変えています。
また、プロローグには華やかなビール祭りの場面を新設。
2019年の星組にぴったりな、エネルギーほとばしる幕開きです。
古き良き伝統へのリスペクトを持ちながら、自身の解釈や演者に合わせた新しい挑戦も必ず取り入れる。上田先生の目指すところを感じる上演でした。
愛あればこその型破り『BADDY』
実はショー作家を志して入団したという上田久美子先生。
念願のショー初演出作品が、2018年月組の『BADDY―悪党(ヤツ)は月からやってくる―』でした。
「ピースフルプラネット“地球”」?
「超クールでエレガントなヘビースモーカー」の「大悪党バッディ」?
精緻な心理描写と重厚な美、というそれまでの上田作品のイメージとかけ離れた意味不明さにポカンとしたことは忘れられません。
しかし蓋を開けてみれば『BADDY』は、伝統の形式と斬新さ、楽しさと皮肉が溶け合わさった衝撃の名作でした。
全ての悪が鎮圧された未来の地球に、月から悪党バッディがやってきて平和をかき乱すという物語仕立てのショーで、全員に通し役がついています。
プロローグ、中詰、ロケット、群舞、パレードといった宝塚定番の形式はそのままに、それぞれの場面に物語としての意味をもたせる演出が見事。
特に、多くのショーで明るく楽しい要素として用いられるロケットのラインダンスを、エネルギッシュに蹴り上げる怒りの表現として利用したことは印象的でした……!
また、完璧な平和の中で幸せなはずの地球の人々が、悪に触れることで感情と信念を思い出すという物語も心をざわつかせます。
楽しいショーでありながら「人間とは?」「幸せとは?」と考えさせられる作品でした。
「型破り」と評される『BADDY』ですが、型を破るというのは、型を熟知し愛した人にしかできないことです。
伝統ある宝塚をリスペクトする上田久美子先生なればこそ、こうした新しいショーの世界を切り拓くことができたのでしょう。
そして新しい世界へ『FLYING SAPA』
ベートーヴェンの後の時代の音楽家たちの苦悩と愛を描いた『翼ある人々』
巡る星々の下で巡る運命に翻弄される友情と恋の物語『星逢一夜』、
哀しくも極限まで美しい砂漠の夢『金色の砂漠』、
ロシアの凍てつく大地と革命の熱を描いた『神々の土地』。
過去7作品はいずれも名作ばかりです。
伝統を守り残すこと、常に新しい観客を楽しませること、そして楽しく美しいだけではない中身を考えさせること、それぞれが上田先生の作品の骨組みをつくっています。
そして『FLYING SAPA』は、そんな上田先生が「初めて自分のやりたいことを表現しようと思った」という作品です。
知らされているのは登場人物3人の名前と、舞台が未来の水星であるということだけ。
人々の素性や物語の筋は一切不明、上演によって謎が解き明かされていくという異例のつくりとなっています。
100年以上の歴史を誇る宝塚歌劇団は、いつの時代も新しい試みを取り入れることでこそ続いてきたのでしょう。
またひとつ次の世界へと踏み出す上田先生の作品が、新しい宝塚歌劇の伝統をつくることが楽しみでなりません!
ライター:松下梨花子
そんな上田久美子先生の作品『FLYING SAPA』が本来でしたら現在上演中であったはずが、4月12日までの中止が決定し、残すところあと3日の5公演しかないなんて残念でなりません!
どうかどうか、いずれかのタイミングで再演されることを切に期待しています。