先日(3月19日)宝塚歌劇団星組の「霧深きエルベのほとり」を観劇してきました。
霧深きエルベのほとりのあらすじって、どんなの〜?という方に、下の劇中で歌われる歌詞を紹介します。
この歌詞の中にこの「霧深きエルベのほとり」のあらすじが詰まっています。
こんな短い歌詞の中に全てをつめたこの歌詞、そのものが素晴らしいな〜と思いませんか?
泡沫(うたかた)の恋
ビール祭のビールの泡から
二人は浮かび出た。
あぶくに浮かんだ男と女が恋をした
若き日の恋
ビールの泡のよう
花はひらいて
いつの日か消える
紅ゆずる演じるカールと綺咲愛里演じるマルギットの身分違いの恋の話です。
1回観ただけでは足りない
チケットが取れず、残念ながら今回は1回だけの観劇でした。
たった1回だけでは、なかなかレビューも書きずらいというのが今の気持ち。
紅ゆずるのお芝居は、きっとどんどん変化してきたのだろう。そしてこれからあと数回残っているが、また変化、進化するのだろう・・・・という印象が強く残りました。
今日みた紅ゆずるの演技が、まるでそのときの感情でそのままアレンジしているのか、アドリブなのか、わからない。
作り込まれた「形」ではなく、そのときの感情がそのまま表現されているのか。
そんな印象があり、演技が上手いとか下手とかといったものを超えていた。
もう一度見たら、また印象も違うのだろうと、1回しか見れなかった残念さが残る。
もっと見たい。「DVDで何度も見たい」と思った雪組「ファントム」とは、全然違う。
これは劇場でしかわからない。劇場で生で「今日の紅ゆずるはどうだろう?」という楽しみを味わいたかった作品でした。
演出家上田久美子のプログラムの言葉に
劇場で購入したプログラムの中に演出家・上田久美子の文章がありました。
他の劇場の舞台では100回以上公演する舞台はほとんどないのが、宝塚歌劇団公演の難しさ。
役者は、舞台で起こる出来事をまだ知らない情報として受け取らなければならない。何度も同じことを演じる中で、その役の人生を初めて体験することとして新鮮に驚きながら生きる。
それを1日2回、1ヶ月以上やり続けることの苦労は並大抵のものではない。その奇跡のような根気と努力にいつも目を見張る。
そんな役者たちの奮闘にも注目してお楽しみください。
と書いてありました。
まさに紅ゆずるという役者は、その奮闘ぶりをお客様が直に感じられる役者さんなのだろう。
トップとしての魅せ方の違い
先日花組公演を見たばかりの今回。
明日海りおさんの魅せ方は、おそらく全ての動きを繊細に綿密に考え、作り上げた姿を魅せていく人。
そして紅ゆずるさんの魅せ方は、そのときの感情で舞台の上で、作りながら魅せていく人。
そんなトップの魅せ方の違いを感じ、宝塚歌劇の面白さがまた深まりました。