タカラジェンヌといえば、どなたをとっても美しく光り輝くすてきな舞台人。
その中でもひときわ輝きを放つのが、各組のトップスターさんです。70人近い組子を引き連れて真ん中に立つ姿には、まさに「トップ」の名にふさわしいオーラがあります。そんなトップスターさんにも、初舞台や初ゼリフ初めてのソロパートがあったと考えると、なんだか感慨深いもの……。
特に、スター街道の入り口とも言えるバウホール初主演は、ジェンヌさんにとってもファンにとっても格別な思い出です。そこで、宝塚歌劇団の各組トップスターの焦点をあてて、勝手にシリーズ化して6人目にきましたバウ初主演作品から迫る! トップスターの魅力。
今回は星組の新トップスター礼真琴さんについて書きたいと思います。
礼真琴『かもめ』
新生星組トップスター礼真琴さんの初主演作品は『かもめ』。
言わずと知れたロシア文学の巨匠、アントン·チェーホフの作品です。
演出は小柳奈穂子先生でしたが、いつもの乙女ロマンス色は封印され重厚な作りとなっていました。
湖畔の別荘地で繰り広げられる群像劇を宝塚使用に潤色した作品です。
主人公のトレープレフは文学の道を志す繊細な青年。
女優志望の少女ニーナ(城妃美伶)に恋をしています。
しかしニーナが思いを寄せるのは有名作家のトリゴーリン(天寿光希)。
しかし彼は、トレープレフの母アルカ―ジナ(音花ゆり)の愛人で……という具合に、噛み合わない人間関係とそれぞれの抱える悩みが丁寧に描かれています。
青く繊細なお芝居
礼さんは当時研5でしたが、すでに歌って踊れる若手スターとして注目を集めていました。
しかし、この作品で一番に輝いていたのは、歌でもダンスでもなく、お芝居の力だったと思います。
『かもめ』のトレープレフは、とても「男らしい」「格好いい」とはいえない青年です。
若者らしいエネルギーはあるものの、創作や恋への葛藤、高名な作家トリゴーリンへの羨望、そして田舎暮らしの閉塞感で繊細な神経はいつも不安定。
舞台上にいる大半の時間を、苦悩したり怒ったりふてくされたり泣いたりして過ごしています。
演目を知ったときは「あの元気いっぱい快活な礼真琴を活かす気はあるのか!?」と問いただしたくなりましたが、幕が開くとその姿がとても自然であることに驚かされました。
若さゆえの危うさや、才能を求める苦悩などを、学年の若さを素晴らしく使って表現されています。
スターに合わせて演目を選ぶ宝塚では、カリスマ性のある方ほど、「どんな人物を演じても〇〇さん」という現象が起こりがちです(そこがたまらない良さでもあるのですが!)
しかし礼さんは舞台上で、「注目の若手スター礼真琴」ではなく「悩める青年トレープレフ」として存在していました。
自身のキャラクターの魅力にも役柄の格好よさにも頼らず一人の人物をつくり上げる、役者としての力が存分に発揮された作品でした。
劇場中と心に響く歌声
女役の声から低音まで幅広い音域と声質を使い分ける礼さんですが、今回は大人になりきらない青年の心を繊細な歌声で表現しました。
台詞からそのまま流れ込むように歌うのは、心がお芝居とつながっている証拠。
安定感のある声でありながら、場面に応じ絶妙に高い声や細かく震えるビブラートでトレープレフの心の揺れを表現していました。
圧巻……!
特に素晴らしい曲の一つが、冒頭と終盤で2度出てくるニーナに歌いかけるナンバーです。
愛しい気持ちがつい口から飛び出してきてしまったかのような自然さと、のびのびと響き渡る歌声に心打たれます。
「踊りたいくん」爆発のダンス!
この作品には、ダンスナンバーがほとんど登場しません。
ご本人も千秋楽の挨拶で「私の中の『踊りたいくん』が騒いでいます」と話していたほど。
原作が古典の戯曲なのでそういうものかなと思いましたが、さすがに小柳先生も礼真琴を一回も踊らせないのはもったいないと思ったのでしょう、クライマックスに爆踊りの場面を用意してくれました!
歌はなく、トレープレフがひとり部屋の中で思い悩む場面。
心の葛藤を表した振付と、踊りこなしの見事なこと!
手足の動きに身体が振り回されるような表現で、感情に振り回されどうしたら良いかわからないというもがきが伝わってきました。
自分の意志であんな動きをつくるとは、身体能力もさることながら全身のコントロールの効き方が半端ではないと驚きます。
1曲で作品1本のダンスナンバーを全部集めたくらいのボリュームある場面でしたが、これを踊ってなお鎮まらない礼さんの中の「踊りたいくん」にも驚きですが……。
千尋の谷を爆速で駆け上がる礼真琴
百獣の王である獅子は、子供を千尋の谷から突き落とし、その険しい崖を這い上がってきた子のみを育てるという言い伝えがあります。
期待の若手にあえて厳しい課題を与え、それに打ち勝つ力があるかどうか試す、という場面によく用いられるたとえ話です。
元気いっぱいシンガー&ダンサーである若手のバウ初主演に、華もバトルも冒険もないロシア文学作品をぶつけ、アゲアゲの歌は存在せず、ダンスナンバーも1曲だけ、というのは相当に険しい「千尋の谷」だったことでしょう。
しかし礼さんはそこでお芝居の力をがっちりと装備し、その谷を駆け上がってきました。
現在トップスターとして歌にダンスにお芝居に、爆発的な実力を発揮する礼さんは、さまざまな困難を乗り越え谷から駆け上がることで鍛えられた宝塚の獅子なのだと感じる作品でした。
百獣の王·礼真琴さんの今後の活躍からも目が離せません!